さむしんぐ〜何かしら〜

映画とテレビと本と旅と日々のいろいろをつらつらと述べます。写真も撮るよ。

最近思うこと

 

やっぱ周りが社会に出て思うことは一つで

「暇だ.遊んでくれる人がいない...」です.

ほんと切実.これ今後忙しくなってもこの孤独感って忘れちゃダメだと思う.

自分自身あんまり先の予定を作りたがらないけど,もうそれじゃあ誰もあってくれなくなった.切ない.

 

自分勝手じゃ生きてけないのよ.

一人で生きてける気がしたけど,無理だ.人が恋しい.

この気持ちは忘れては行けないと思う.

 

「フィフティピープル」という本を読んだ.

五十人の短編で,みんなが絡み合う物だけど.二人なぜか共感できる人がいた.

一人は,「容姿なんかなんの保証もない,自分の長所をしっかりと持ってそこを伸ばす努力をしないと!」という言葉に感銘を受けるイケメン.しかも孤独を感じ,母親と頻繁に映画を観に行く.

確かに,自分も長所を伸ばす努力をしたことがないし,現に今孤独を感じ,必死に今という空間を置いてけぼりにされないように,埋めてる.夜中まで,イベントや体験を調べて,明日することを探してる.自分の身となり骨となる何かが欲しいから.

 

二人目は,妹ばかりえこひいきされて,育った女性.その中で「自分の子には容姿を褒めることも貶すこともしない.どういう影響が出るかわからないから.」と言っていて,誰かが言っていた「自分の努力でどうしようもないことをいう奴は卑怯者」という言葉を思い出した.

この本を読んでいて,ふと自分の子供をどういう信念を持って育てようか考えた.

結果,「人に感謝して生き,驕らず人を愛すること」「積極的に討論させる,自分の意見を持たせる」

一つ目は自分にはできてないと思う.ゆえにこういう性格になった.

でも最近,自分の孤独を感じることで,人を愛することができるようになってきた気がする.もっと猛烈に自分の存在を脅かす何かに挑戦し,自尊心を削ぐ必要もあると思う.

なるほど,昔の自分には「挑戦」が足りなかったのかもしれない.

この女性の話に,「もらえないものは諦めて,元から欲しくないと思い込むようにして自分を守った」という言葉があったが,近いものを感じた.鼻から挑戦を諦める癖がどこかで付いていたのかもしれない.

 

もう一つ印象的な言葉が,

「大人になるにつれて,友達が増えていったけど,それもどんどん会えなくなっていく.過去に食われていく.会いたくなっていくわけではないが,会う機会が減っていく.だからお互いに努力して会うしか無くなっていく.」

まさに,今実感していること.やはり会えるように努力もしなきゃいけないみたい.

自分の都合では会いたい人には会えない.

 

驕るな自分.愛せよ他人って感じです.